always over the moon

タグ:日記 ( 331 ) タグの人気記事

釣銭がもらえない @ハンガリー





三年もハンガリーに住み、ずっと奇妙に思っていたこと、時折、レストランやカフェで釣銭がもらえない。
とくに気に入って何度か通った店で、或る日とつぜん釣銭がもらえなかったときなど、軽いショックでした。
3,000フォリントのお勘定に、5,000フォリント札をだして、お釣がこなかったときも。
2,000フォリントもチップだと思われたのかしら。なんなの?

f0053297_1355878.jpg


5月の半ば、とあるカフェで、請求書をもらったら5,000フォリント弱。
夫は、「サンキュー」といいながら、10,000フォリント札をだしました。
すると、ウエイター君が、「お釣はいらないの?」と笑顔で言うのですよ。

「え?お釣は欲しいよ。」と夫が答えると、
「ハンガリーでは、お勘定をはらうときに、サンキューというのは、お釣はいらないという意味なんですよ。」

えーー!?
長年の謎が解けた一瞬でした。
夫は、サンキューを連発するタイプ。
バスから降りるときも、スーパーマーケットでお金を払うときも「サンキュー」
それはいつのまにか私にも伝染していた習慣でした。

f0053297_1433467.jpg


今までお釣が貰えなかったのは、
「サンキュー」=(釣銭はチップですよ)
のハンガリーのならわしを知らなかったためだったのか!

その後は、カフェやレストランでお勘定を払うときは、くれぐれも「サンキュー」を言わないように、
夫に注意はしたのですが、長年の習慣がそんなに簡単に抜けるはずもなく、
なんどかは、お釣が貰えなかったのでした。
念のため、スーパーマーケットなどのお店では、サンキューと言ってもお釣はもらえます。
もらえないのは、カフェとレストラン。


◎ 画像一枚目は、キラーイ温泉の外。二枚目は入り口です。屋内撮影禁止。
  ここは薬効温泉となっていて、治療客らしき人がたくさん来ていました。
  エントランスは古くさいですが、屋内は綺麗です。湯質もかなり優れている感じ。
  観光客らしき姿は見えず、リピートして通いたい温泉でした。
  
  
  




[PR]
by mariko789 | 2016-06-10 14:12 | olympus OM-D E-M5 | Trackback | Comments(19)

セーチェーニ温泉 @ブダペスト




日本のテレビ番組でもお馴染みと思いますが、ブダペストは温泉の街です。
ずーっと昔、ブダペストに休暇で来て、温泉に入り、その湯質の良さに感激したものでした。
今回、同じ温泉を探したものの見つからず、有名どころの温泉に行ってみました。
行ったのは5月17日でしたか、曇り空で肌寒い日でした。

f0053297_2337129.jpg


温泉と言っても、水着着用で(欧州はそれが常識)したがって男女混浴です。
上の写真は、屋外。ウイークディで曇りだったにも拘わらず、たくさんの人が来ていました。
右側(中央やや下)に写っている、ぐるぐる巻になっている部分、この外側のぐるぐるに、
ときおりパワフルな渦が湧き、どんどん先へ追いやられます。追いやられつつぐるぐる回るのが面白い。
ところどころジャグジーの吹き出し口もあり、そこへ陣取ったまま、動かないおじさんも。
赤いパラソルのあるところはカフェで、私はスナックとカプチーノを頂きました。
夫はもちろんビール三昧。




屋内には、サウナやミストサウナ、水風呂、ジャグジー、ぬるい温泉、熱い温泉など、
十幾つもの種類の温泉があります。マッサージ室もあり。
下の写真は、屋内の温泉の一つ。湯質はそれほど良いとも思いませんでしたが、温泉には違いなし。

f0053297_2343971.jpg




More (続きを読む)
[PR]
by mariko789 | 2016-06-04 00:09 | olympus OM-D E-M5 | Trackback | Comments(22)

私は旅人@英国空港イミグレにて





5月22日。英国の空港のイミグレーションを通過するさいの、私と係官の問答です。
係官は、私のパスポートを見て、猫が鼠を見つけたような顔になりました。

問題になったのは、
3月8日 ハンガリーから英国へ入国(家を探すため)
3月16日 英国からハンガリーへ出国(ハンガリーの家の売却)
3月23日 ハンガリーから英国へ入国(家の契約/義母の介護)
4月24日 英国からハンガリーへ出国(英国ILRビザの申請)
5月04日 ハンガリーから英国へ入国(4月24日に逝去した義母の葬儀に出席)
5月11日 英国からハンガリーへ出国(英国ILRビザの申請の続き)
5月22日 ハンガリーから英国へ入国(ILRビザ却下され、とりあえず我家へ)

f0053297_14571043.jpg


3月から5月までに、4回も英国へ入国とは、多すぎると、係官の弁。
もちろん私と夫は、家を探すためとか、義母の介護と、突然の他界で葬儀へ出席とか、弁明したのですが、許してもらえませんでした。

係官: 貴女の家はどこですか?
私 : リヴァプールです。
係官: 答が間違っている!
   貴女は観光客で英国に来ているのですよ。
   観光客というのは、年に一度か二度来て、バッキンガム宮殿を見学したりするのでしょ、
   家族に会ったり、一緒に暮らすのは、観光客ではない!
   
なるほど。
観光客なのに、英国に家を探しにきたり、義母の介護をしたり葬儀に出席したりするのは、違法だったのです。
私はホームレス。夫の英国のアパートにたまたま訪問し、どこかへ観光にでかける。それが正しい答だったのです。
それで本来なら、日本人はビザなしで6ヶ月間滞在できるのですが(今まではずっと貰ってきたのですが)
今回は、一ヶ月のみの滞在を許されました。それも係官のお情けだったようです。

係官: 今回だけは、特別に一ヶ月の滞在を許可します。
    次はナイですよ! (警告のサインWを私のパスポートに記載)


【現在の状況】
前回申請したILRビザ(配偶者ビザの復活)が間違っていたと気づきましたので、
ただいま「配偶者ビザ」の申請の書類を作成しているところです。

結婚して以来、住んだ国とアドレス。これがもう大変でした。国は覚えていてもアドレスまでは。
古いノートや手紙をあたったり、グーグルマップで検索してみたり。

結婚していらいの、一緒に写っている写真。偽装結婚ではないという証拠の一環?
しかし10年前から私は撮る専門になり、一緒に写っている写真は皆無。
結婚式の写真ほか、10枚ほど(昔の)一緒に写っている写真を探し出した。

そうこうしているうちに、ネットでダウンロードした申請用紙が変更され(なぜかそういうタイミングに遭う)、
せっかく書き込んだ試作書類のやりなおし。
やれやれ・・・

過去10年間にどこに住み、どこへ旅行したか。まさか、このブログが、こういうときに役に立つとは。
古い記事を遡り遡り。

過去10年のパスポートのコピー。ほかにも沢山コピーする書類があり、ぜんぶで100枚くらいのコピーです。

私のスポンサーである夫の、この半年間の銀行口座の残金。証明書を銀行から速攻で送ってもらいました。
彼に私を養えるだけの財力がなければ申請できません。この点はなんとかクリアできました。

問題は、今のリヴァプールのアパートが半年契約だということ。
長期的に住める家がないと、まずいんじゃないかしら。落とされるとしたら、ここ。と、私は睨んでいます。

費用も、英国のビザは世界で一番高いと思う。却下されても、払った費用は戻ってきません。
私の英語力のテストもあります。これも有料。
 
しかも取れても、滞在できるのは二年半。
その後、延長を申請し、そのときまた書類も作成しなければならず、費用もかかる。
私は、もういいよ、ビザなんかいらない、英国に住まなくていい、歓迎されてないし。
と言ったのですが、負けず嫌いの夫が、このままでは口惜しいと言ってききません。

で、取れるか取れないか判らないのですが、一応6月15日にハンガリーに飛び、
16日にブダペストにて、ビザ申請のインタビューという手はずを調えました。
インタビューといっても、受付の女性はパートタイムで、書類をポーランドに送るだけです。
どうやら、ハンガリーとかあの一帯の国の書類はポーランドで一括して結論を出すらしい。


もしビザが取れなかったら、英国へはとうぶん戻ってこれないので(パスポートに警告サインあり)
少しの間はハンガリーに居るとしても、その後、どこへ落ち着くか、思案投げ首・・・。







[PR]
by mariko789 | 2016-05-28 15:54 | olympus OM-D E-M5 | Trackback | Comments(22)

英国居住ビザ、取得できず。




5月12日に手続きを終えた、私の英国居住ビザの申請の結果が昨日下りました。
「却下」。ということで、私は英国に住めなくなりました。
理由は、最初に配偶者ビザを取得したのが結婚した24年前。
配偶者ビザというのは、英国人を配偶者にもつ人の居住許可で、半年以上英国を離れない限り、無期限です。
その配偶者ビザの復帰を申請したのですが、配偶者ビザは二年以上英国を離れると、復帰が難しいのです。
私の場合、20年以上を夫の仕事で海外で暮らした。それが却下の理由。
夫の仕事の半分は、英国政府関連の仕事でしたので、その点を考慮して貰えるのではと思ったのですが、甘かったようです。

f0053297_146789.jpg


せっかくリヴァプールに部屋も借り、家具や電化製品も揃えたばかりだったのですが、、。
これから先、いったいどうすればいいのでしょう。
途方に暮れています。
私は日本人ですので、ビザがなくても一年のうち半年は英国に滞在できるのですがあとの半年はどこへ?
夫は現在無職で、所帯を二つに分ける経済力もなく、私と一緒に日本に住むのも絶対にできないと言ってます。

夫は諦めきれないようで、英国に居住できるビザの種類は幾つかある、他の種類のビザで再申請すると言ってます。
しかし、時間は限られている。
家も売ってしまったし、ハンガリーにも住めず。
私のように、長年英国人と結婚していても、英国に住めない人も多いのでしょうね。
今回のビザ申請にかかった費用も、馬鹿にできない嵩でした。
途中で義母の他界もあり、飛行機でハンガリー⇔リヴァプールの行ったり来たり。その日にちも惜しかった。
最初から取得できないと判っていれば、こんな無駄はしなかった。
ああもこうも思うけれど、まず明日のことを考えなければ。
まさか帰国の22日のリヴァプールの空港で、入国を拒否をされるとは思わないけれど。

追記:5月20日
いろいろ調べたのですが、「配偶者ビザの復帰」の申請自体が間違えていた。
復帰は二年以上英国を離れると、できなくなるのでした。
なので新しく「配偶者ビザ」の申請をすべきでした。
それと、ファミリービザというのも、あると発見。
こちらは二年とか五年とか期限付きです。とりあえずそのビザでも良いのでは。
この二つのどちらかで、再申請するかどうか、夫と話し合っています。

追記:6月26日
2年9ヶ月間の配偶者ビザが取れました。
2回にわたる申請費用、ブダペストに借りた部屋代、何度かの飛行機代など、
総計、日本円で100万円を超える出費です。
2年9ヶ月後は、また延長の申請をしなければならず
(それも高額だし、申請はイギリス国内でできるものの、通るかどうかは不明)、
そのあともまた延長申請(高額)をしなければならず、ほとほと嫌になりました。
どれだけ搾り取れば気が済むのでしょう。
今回のビザが切れる2019年3月までに他の国へ移民しようと思います。

◎ 写真は、ブダペストの国立オペラ劇場。
  写真の向かって左側の路地を入ったところにあるアパートに、今、住んでいます。
  家主はイタリア人で、なかなかの好人物です。





[PR]
by mariko789 | 2016-05-19 14:27 | olympus OM-D E-M5 | Trackback | Comments(28)

お迎え




義母が亡くなる寸前のこと。
病室には五人兄弟(兄四人と姉一人)が揃って母を見守っていた。
母の意識は混沌としていたのかもしれないが、子どもたちの言葉はすべて認識していた。
彼らの質問には、姉の手を握ることにより、応えていたという。
そんなとき、「あそこにHがいる。Hが来ている」と母が言った。
Hとは、二十五年前に他界した母の夫である。
子どもたちは驚くと同時に、喜びがこみ上げてきたという。
母は、父のもとへ旅立ってゆくのだ。

f0053297_1415225.jpg


じつは、私は似たような話を私自身の亡父から聞いていた。
生前、北海道で大事故に遭い、あわやというその病室で、父はお迎えの人と会ったという。
向こうに花々の咲く美しい景色がひろがり、優しそうな老人が微笑みながら手招きをしていた。
父は、その先が幸せに満ちている気がして、老人のもとへ歩んでいこうとした。
そのとき、此の世へ呼び戻す連れ合い(父の後妻)の声がして、思いとどまり、此の世に帰還した。


私は、人の霊魂は存在すると思う。
しかし、それは想念であり、エネルギーのようなもので、肉体を伴うとは思っていなかった。
生者が、思い出す限り、死者の魂は存在し、誰も思いださなくなったときに、消滅するものだと思っていた。
実際はどうなのか、死んでみないと判らないが、
少なくても、死の世界に一歩踏み込んだときには、死者の姿は肉体を伴って見えるのでは。
死はそれほど怖いものではないような気がしてならない。

生れてくるとき、暗い産道をぎゅうーっと苦しみながら通ってくるように、死ぬときも、苦しみはあるだろう。
けれど、大概の死はお迎えの人に導かれ、光り輝く道を通ってゆくのでは。
生まれでて母親の腕に抱かれるように、死んだときにも大きな暖かい腕が待っていてくれるのではないか。
というより・・・死は別の世界に誕生することなのではないか。

私が死ぬときには、誰が迎えにきてくれるのだろう。
私がいちばん逢いたかった人が来てくれるのだろうか。
私をいちばん愛してくれた人が来てくれるのだろうか。





[PR]
by mariko789 | 2016-05-14 14:28 | olympus OM-D E-M5 | Trackback | Comments(17)

義母の他界

4月22日の夜のことです。
義母は腹部の痛みに耐えられず、ドクターを呼びました。
ドクターがドアをノックすると、義母の
「ドアのすぐそばにいるのだけれど、起き上がれない」
という声。
ドクターはポリスに連絡。
ポリスが家のドアを破って、義母を救出し、救急車で病院へ。

翌朝23日、ドクターは次兄に(彼はその救急病院で介護士をしています)、義母の危篤を告げました。
まだ夫は眠っていたのですが(前夜遅くまでパブのハシゴをして深酔い状態)、
次兄の電話に飛び起き、駆けつけました。
長兄はスコットランド、三兄はロンドン、四兄はアイルランド、姉はロンドンの南。
全員が揃うまで、もたないだろうとドクターは言いましたが、夕方五時から六時にかけて、
兄弟全員が病室に来るまで、義母の体調は小康状態だったそうです。
その間、ずっと一人で義母を見守っていた夫は、義母が奇跡的に回復すると信じていました。

私も病院の場所がわかれば、義母に逢いに行けたのです。
夫の携帯電話の番号が判れば訊くこともできたのですが、番号はまだ教えてもらっていませんでした。
家中の書類や請求書を漁って確認したのですが、どこにも夫の携帯電話の番号は書いてなかった。

また、その反面、義母の死に面と向かう勇気がありませんでした。
一人、部屋の中で、泣きながら、義母の無事を祈っていました。
なにしろその翌日、夫とともにブダペストに発つ予定でしたし、
どうすればよいのか、頭も混乱していました。

深夜になって、夫が病院から帰宅し、他の兄弟で交替で看護をする、
みんな私たちは予定通り、ハンガリーに行くべきだと言ってくれたと。

そして24日の朝。後ろ髪を引かれる思いで、夫とともに飛行機に乗りました。
リヴァプールの空港から姉に電話をして様子を訊くと、「かわりない」ということ。
もしかして、回復してくれるのでは・・・と期待が胸をよぎりました。

f0053297_330670.jpg


義母が亡くなったのは、ちょうど私たちがブダペストの空港に着陸した時でした。
まるで、私たちが無事にブダペストに着くのを確認したかのように。



さきほど、長兄に電話で聞いたところ、お葬式は5月5日になったそうです。
夫の帰国予定が5月4日なので、それまで待ってくれたのでしょう。
私は、明日のインタビューの折に、パスポートを提出してしまうので、帰ることができません。

それとも、ビザを諦めて、夫と一緒に帰って、お葬式に出席しようか。。
けれど、そんな無理をしても、義母は喜んではくれないでしょう。

義母の死を知っていらい、夫は手のつけられない状態になっています。
私の泣き方が少ない、日本人はそんなに薄情なのか、義母が死んだというのに、悲しくないのか。
号泣しろ! それができないなら殺してやる!
首を絞められ、苦しくてもがいてもがいて、死に物狂いで夫に噛み付いたら、やっと手を放してくれました。
普段から飲んでばかりいる人ですが、今は義母の死というエクスキューズもあり。。
これから先、どうなってしまうのか。
夫は、もう生きていても仕方がないから、全財産を飲みつくして死ぬと言っています。
リヴァプールに越してきて、さてこれから親孝行をしようかという、まさにその矢先だったのです。
夫がもぬけの殻になるのも、判らないでもない。

私はただただ茫然としています。
欧米の映画のシーンのように、夫をハグして、慰めなければならないと判ってはいますが、
暴力に訴えてくる夫に、どうしても優しくすることができません。
それに私の日本人の血が、そうすることに恥じらいと躊躇いを感じてしまうのです。
冷たい女だと罵られても。。

私だって、義母を失ってショックですし、とても悲しいのです。
夫と喧嘩をするたびに、いつも私の味方になってくれた義母。
一緒に旅行に行ったり、勉強したり、短期間ですが同居もしていて、良い思い出も沢山あります。

愛する人を失った悲しみはそう簡単には癒えるものではありません。

でも、冷静に考えてみれば、義母はやっと義父と再会できて、病気の苦しみ痛みからも解放され、
軽やかな魂として、自由にどこへでも行けるようになって、ハッピーかもしれません。

夫の哀しみ、喪失感は、きっと時間が解決してくれる。
そう信じましょう。



[PR]
by mariko789 | 2016-04-28 04:05 | olympus OM-D E-M5 | Trackback

ブダペストへ逆戻り




リヴァプールへ越してきてもうすぐ一ヶ月。
飛ぶように日々が流れてゆきました。

まだ買い足りないものもあるけれど、やっとお気に入りのスーパーマーケットも見つかって、
姑の家の家事にも慣れてきて、これから次第に落ち着ける。
と、思ったのは束の間でした。

f0053297_1912433.jpg


私の「英国配偶者ビザ」復活のため、ブダペストに帰らざるを得ない状況になりました。
そうと知っていれば、まだハンガリーに家があったころに、手続きを進めたのに。
後の祭でした。

取得にかかる期間は不明ですが、3週間から12週間だそうです。
とりあえず、ブダペストに家具付のアパートを一ヶ月借りました。
24日(水曜日)に発ちます。

こちらでは、NHKワールドという、NHKのニュース番組(英語放送)が入るので、
熊本の大地震のニュースも見ています。
定期的に大地震に襲われる日本。
被災者の皆さまにはかける言葉もありません。
私の不運など、比べようもない。

今日はこれから買物に街へ出ます。
歩いて五分で、リヴァプールの中心地に出る立地の良さ。
それだけは、このアパートの利点でした。
欠点だらけのこのアパートに関しては、いずれ書くチャンスがありましたら、書きます。





[PR]
by mariko789 | 2016-04-18 19:23 | olympus OM-D E-M5 | Trackback | Comments(29)

ネットに繋がりました @リヴァプール




引越先のリヴァプールのアパートから、第一報です。
まだ生活必需品は揃っていませんが、じょじょにこちらの暮らしに慣れてきました。
風邪はやっと治りかけ。今回の風邪は咳がひどくてまいりました。
夫の実家のあるこの街には、何度も来ているのですが、住むとなると、また趣が違います。
そして、結婚当初と比べ、この街もずいぶん様変わりしたような。
すっかり観光地になっていて、驚きました。
それと、学生の多いこと。いつのまにか、外国人学生の、学園都市になっていました。

f0053297_0501860.jpg


それでもやはり港町であることには変わりなく、暴走族のようなカモメが朝から晩まで鳴き、飛び交っています。
物価はさほどとは思いませんが、家賃&光熱費の高さには仰天でした。
もしかして、日本より高いかも・・・。

まだ写真を撮りに行く余裕はありません。
いずれ落ち着いたら、カメラをもって散歩などもしてみたい。

ブログも、もう半ば忘却の彼方ではあるものの、プラハの記事も投稿したい。
俳句の投稿も、いくつか、たまっているし。
しかし、時間には限りがある。

まぁ、ぼちぼち復帰します。
お仲間の皆さま、また宜しくお願い致します。
[PR]
by mariko789 | 2016-04-04 00:58 | Canon PowerShot SX50 | Trackback | Comments(26)

イギリスに引越します。




明朝(8日)はやく家を発ち、英国へ。パソコンはもってゆきません。
ロンドンで一泊して夫の用足し。
9日 リバプールへ移動。(↓の画像は、リバプールの運河です)

f0053297_1429548.jpg



10日 引越先のアパートの内覧。日程がないので、この日のうちに決めてしまう。
    家具調度をそろえるための、部屋の計測。これ必須!
11日 部屋の契約。できるのか!?
12日 家具調度を見に・・・行けるのか? 姑へのプレゼントを買う。これ大事。
13日(日) 姑宅へ。
14日 引越先の部屋の鍵を受け取・・・れればいいなぁ。でないと、持って行った荷物を置いてこれない。
15日 ロンドンの空港ホテルへ移動。
16日 ブダペストへフライト。売却した家の最終代金を受け取る(予定。そうならないと困る)
17日 荷物の詰め込み。たぶん徹夜。近隣の人へご挨拶。
18日 弁護士事務所へ、家の所有権の移転。ネット接続の解除。これ以後、パソコン使えず。
19日 家を引き払い、ブダペストのホテルへ。この家の家具調度はぜんぶ買主へプレゼント。
21日 光熱費の精算、鍵の引渡し。
22日 ブダペストの銀行の事務処理。貸し倉庫へ、持って行けない荷物を預けに。
23日 リバプールへフライト。
24日から、家具調度の調達。インターネット接続申し込みなどなど。二週間で済むか。

というわけで、4月半ばにはリバプールで落ち着けると思います。過労で倒れてなければ・・・。
それまで、ブログも基本的にお休みします。
俳句の投句も全面的にお休みです。お仲間の皆さま、ご健吟を!
ひょんと記事の更新ができれば、しますが。プラハの投稿もまだだいぶ残っており。。
また、メールを頂いてもお返事がなかなかできないと思います。
どうか、皆さま、お元気でいらしてください。少しの間ですが、アディオス!






[PR]
by mariko789 | 2016-03-07 14:35 | olympus OM-D E-M5 | Trackback

プラハへ行ってきます。

昨日は、我家の買い手の人が建築業者を連れてきて、家のリフォームの相談をしていました。
うちは引越間近であちこちの部屋に荷物を広げてあったのですが、訪問客があるとなっては、
それもまた仕舞いこまなければならず、主婦はてんてこ舞いでした。
まだ1割しか代金を頂いてないのですが、気の早いバイヤーです。

で。明日(19日)の朝、6時半に家を出発して、プラハへ行ってきます。帰ってくるのは23日の夜。
ブダペストからプラハまで、ウイーンを経由して片道7時間近い列車の旅です。

気になるのはお天気。で、さっそく信頼できる日本のサイト tenki.jpでプラハの天気予報をチェックしたところ。

f0053297_13152067.jpg


今日の最高気温3℃って寒いじゃん
19日(金)の最高気温3℃、ぶるぶる
20日(土)は曇り時々雨。しかも気温は5℃。
21日(日)曇り時々雨。気温は11度。
22日(月)晴一時雨。気温12℃。 
23日(火)晴一時雨。気温は6℃とまた低め。この日々の寒暖の差が、またつらそう。
      この日は帰ってくる日で、殆ど列車内なので、雨でも寒くても構わないけれど。

こんなお天気では、観光も撮影もままならないとは思いますが、
2月後半から3月いっぱいまで怒濤の引越騒動に入りますので、
その前に少し楽しんできたいと思っています。


今回の旅行で、夫が激怒したのが、プラハのホテルの予約でした。
うちはもう何年も booking.com というサイトからホテルを予約していて、今までなんのトラブルもありませんでした。
が、今回、booking.comで予約したアパートメント・ホテルには呆れ果てました。
まず、予約したとたんに、30%の予約金がクレジットカードから落ちました。
そんなこと、予約するときに、どこにも書いてなかったので、嫌な感じはしたのですが、いずれ宿泊料と精算されるものだと思ったので、捨て置いたのです。
翌日、そのアパートメント・ホテルからメールが来て、ホテルにチェックインする前に、事務所に来て、契約書にサインして下さいと。
え?たった4泊なのに、賃貸契約書にサインするのですか?
その契約書の内容の一部を抜粋すると、午後10時以降は静かにして洗濯機を使ったり料理をしたり騒いだりしない。
チェックアウトが一秒でも遅れたら€20の罰金。
チェックイン時に、€500を保証金としてクレジット・カードから引き落とす。チェックアウトしてから5日後になって、なにも支障がなければ、€500は、返還します。

これには夫が黙っていませんでした。保証金の€500は現金で払うから、チェックアウト時に、返してくれ。
洗濯機も調理器も皿もグラスも使わないから、とメールしましたが、返事は来ず、無視されました。
5日後に返還なんて、変でしょう? その間に次のお客さんが何かを壊しても、うちのせいになりません?
夫が、その会社を検索で調べたところ、ホテルではなく不動産会社なのですね。つまり、空いている部屋を旅行者に貸そうと。
それにしてもこの厳しさは異常では。しかも、2DKだったので予約したのですが、調べたら、2人で泊まる場合は、一つの寝室には鍵をかけて入れないようにしてしまうそうです。
それではダブルベッドに、二人で眠ることになり、それはできないですね、うちの場合。
体に感じる適温が違うので。
それで、結局、泣く泣くキャンセルしました。即刻、四泊分全額、クレジットカードから落とされました。
 

夫は、もうこれから二度と、booking.com は使わないと言っています。
booking.comだったからこそ、信頼したんです。
夫はもちろんbooking.comに、ことの顛末を書いたメールを送りましたが、返事はありませんでした。
それで、これから先の英国行きで予約してあったホテルも、ぜんぶキャンセルしてしまいました。
こちらは星のチラホラついたホテルで、キャンセル料はかかりませんでしたが。
 
調べたら、booking.comより、もっと良さそうなサイトが見つかりました。
そのサイトには、プラハの悪徳不動産経営のアパート・ホテルも載っていませんでした。
で、そこで、プラハの安ホテルを予約しました。部屋は一つですが、めでたくツインベッドです。

夫は、一昨日ジンを1リットルも飲んで酒乱状態になり、私は身の危険を感じました。
昨日はさすがに体調を壊し、「プラハではあまり飲まない」と言ってますが、
雨続きではパブで飲んだくれになりそう。嫌な予感がするなぁ・・・

行く前から散財してしまったので、プラハではケチケチ貧乏旅行をしようと思ってます。
そのようなわけで、24日までパソコンは使えません。
皆さま、ごきげんよう。


追伸:2月24日

昨夜遅く帰宅しました。悪天候でしたが、沢山、写真を撮ってきましたよ。

で、アパートホテルの話ですが、結局、宿泊費の30%の手数料と、100%と、
合計130%を銀行から落とされてしまい、クレームをつけても、無視されています。
これはもう犯罪ではないでしょうか。
夫は、これ以上、手の施しようがない、と泣き寝入りの姿勢。
booking.com からも返信がきたものの、「どうすることもできない」とのこと。
みんながこうだから、悪徳業者がはびこるのですよね。










[PR]
by mariko789 | 2016-02-18 14:12 | no-photo | Trackback | Comments(19)