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私は旅人@英国空港イミグレにて





5月22日。英国の空港のイミグレーションを通過するさいの、私と係官の問答です。
係官は、私のパスポートを見て、猫が鼠を見つけたような顔になりました。

問題になったのは、
3月8日 ハンガリーから英国へ入国(家を探すため)
3月16日 英国からハンガリーへ出国(ハンガリーの家の売却)
3月23日 ハンガリーから英国へ入国(家の契約/義母の介護)
4月24日 英国からハンガリーへ出国(英国ILRビザの申請)
5月04日 ハンガリーから英国へ入国(4月24日に逝去した義母の葬儀に出席)
5月11日 英国からハンガリーへ出国(英国ILRビザの申請の続き)
5月22日 ハンガリーから英国へ入国(ILRビザ却下され、とりあえず我家へ)

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3月から5月までに、4回も英国へ入国とは、多すぎると、係官の弁。
もちろん私と夫は、家を探すためとか、義母の介護と、突然の他界で葬儀へ出席とか、弁明したのですが、許してもらえませんでした。

係官: 貴女の家はどこですか?
私 : リヴァプールです。
係官: 答が間違っている!
   貴女は観光客で英国に来ているのですよ。
   観光客というのは、年に一度か二度来て、バッキンガム宮殿を見学したりするのでしょ、
   家族に会ったり、一緒に暮らすのは、観光客ではない!
   
なるほど。
観光客なのに、英国に家を探しにきたり、義母の介護をしたり葬儀に出席したりするのは、違法だったのです。
私はホームレス。夫の英国のアパートにたまたま訪問し、どこかへ観光にでかける。それが正しい答だったのです。
それで本来なら、日本人はビザなしで6ヶ月間滞在できるのですが(今まではずっと貰ってきたのですが)
今回は、一ヶ月のみの滞在を許されました。それも係官のお情けだったようです。

係官: 今回だけは、特別に一ヶ月の滞在を許可します。
    次はナイですよ! (警告のサインWを私のパスポートに記載)


【現在の状況】
前回申請したILRビザ(配偶者ビザの復活)が間違っていたと気づきましたので、
ただいま「配偶者ビザ」の申請の書類を作成しているところです。

結婚して以来、住んだ国とアドレス。これがもう大変でした。国は覚えていてもアドレスまでは。
古いノートや手紙をあたったり、グーグルマップで検索してみたり。

結婚していらいの、一緒に写っている写真。偽装結婚ではないという証拠の一環?
しかし10年前から私は撮る専門になり、一緒に写っている写真は皆無。
結婚式の写真ほか、10枚ほど(昔の)一緒に写っている写真を探し出した。

そうこうしているうちに、ネットでダウンロードした申請用紙が変更され(なぜかそういうタイミングに遭う)、
せっかく書き込んだ試作書類のやりなおし。
やれやれ・・・

過去10年間にどこに住み、どこへ旅行したか。まさか、このブログが、こういうときに役に立つとは。
古い記事を遡り遡り。

過去10年のパスポートのコピー。ほかにも沢山コピーする書類があり、ぜんぶで100枚くらいのコピーです。

私のスポンサーである夫の、この半年間の銀行口座の残金。証明書を銀行から速攻で送ってもらいました。
彼に私を養えるだけの財力がなければ申請できません。この点はなんとかクリアできました。

問題は、今のリヴァプールのアパートが半年契約だということ。
長期的に住める家がないと、まずいんじゃないかしら。落とされるとしたら、ここ。と、私は睨んでいます。

費用も、英国のビザは世界で一番高いと思う。却下されても、払った費用は戻ってきません。
私の英語力のテストもあります。これも有料。
 
しかも取れても、滞在できるのは二年半。
その後、延長を申請し、そのときまた書類も作成しなければならず、費用もかかる。
私は、もういいよ、ビザなんかいらない、英国に住まなくていい、歓迎されてないし。
と言ったのですが、負けず嫌いの夫が、このままでは口惜しいと言ってききません。

で、取れるか取れないか判らないのですが、一応6月15日にハンガリーに飛び、
16日にブダペストにて、ビザ申請のインタビューという手はずを調えました。
インタビューといっても、受付の女性はパートタイムで、書類をポーランドに送るだけです。
どうやら、ハンガリーとかあの一帯の国の書類はポーランドで一括して結論を出すらしい。


もしビザが取れなかったら、英国へはとうぶん戻ってこれないので(パスポートに警告サインあり)
少しの間はハンガリーに居るとしても、その後、どこへ落ち着くか、思案投げ首・・・。







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by mariko789 | 2016-05-28 15:54 | olympus OM-D E-M5 | Trackback | Comments(22)

春灯 :俳句





乳のみ児のポと口あけて春灯 
(ちのみごのポとくちあけてはるともし)

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◎ 季語: 春灯(はるともし、しゅんとう)  【春】 ・生活

◎ NHK俳句 堀本裕樹選 佳作

◎ 画像はつい最近、ブダペストの小劇場の連なる通りにて。ゆうぐれに。
  この通りがとても気に入って、毎晩、このちょっと先にあるカフェに通っていました。
  夜になるとカフェの生演奏が始まり、バイオリンを弾きつつ歌うおじさんが現れる。
  身を持ち崩したオペラ歌手のような老人が、ワイングラスを傾けつつ、目をつぶって歌に聴き入っている。
  ここはヨーロッパだなぁとしみじみ思う・・・。






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by mariko789 | 2016-05-24 16:14 | olympus OM-D E-M5 | Trackback

英国居住ビザ、取得できず。




5月12日に手続きを終えた、私の英国居住ビザの申請の結果が昨日下りました。
「却下」。ということで、私は英国に住めなくなりました。
理由は、最初に配偶者ビザを取得したのが結婚した24年前。
配偶者ビザというのは、英国人を配偶者にもつ人の居住許可で、半年以上英国を離れない限り、無期限です。
その配偶者ビザの復帰を申請したのですが、配偶者ビザは二年以上英国を離れると、復帰が難しいのです。
私の場合、20年以上を夫の仕事で海外で暮らした。それが却下の理由。
夫の仕事の半分は、英国政府関連の仕事でしたので、その点を考慮して貰えるのではと思ったのですが、甘かったようです。

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せっかくリヴァプールに部屋も借り、家具や電化製品も揃えたばかりだったのですが、、。
これから先、いったいどうすればいいのでしょう。
途方に暮れています。
私は日本人ですので、ビザがなくても一年のうち半年は英国に滞在できるのですがあとの半年はどこへ?
夫は現在無職で、所帯を二つに分ける経済力もなく、私と一緒に日本に住むのも絶対にできないと言ってます。

夫は諦めきれないようで、英国に居住できるビザの種類は幾つかある、他の種類のビザで再申請すると言ってます。
しかし、時間は限られている。
家も売ってしまったし、ハンガリーにも住めず。
私のように、長年英国人と結婚していても、英国に住めない人も多いのでしょうね。
今回のビザ申請にかかった費用も、馬鹿にできない嵩でした。
途中で義母の他界もあり、飛行機でハンガリー⇔リヴァプールの行ったり来たり。その日にちも惜しかった。
最初から取得できないと判っていれば、こんな無駄はしなかった。
ああもこうも思うけれど、まず明日のことを考えなければ。
まさか帰国の22日のリヴァプールの空港で、入国を拒否をされるとは思わないけれど。

追記:5月20日
いろいろ調べたのですが、「配偶者ビザの復帰」の申請自体が間違えていた。
復帰は二年以上英国を離れると、できなくなるのでした。
なので新しく「配偶者ビザ」の申請をすべきでした。
よって改めて新規の「配偶者ビザ」の申請をすることにしました。 
条件の一つとしてあるスポンサー(夫)の「経済力」ですが、現在無職ではあるものの、
銀行に条件を満たすだけの預金があり、その証明書を発行してもらいました。
我家のような場合、確か、最低でも65,000ポンド以上の預金証明が必要と思います。
或いは、スポンサーに条件を満たすだけの収入が必要。子どもがあればより多額になります。
検索からの訪問者の方は、最新の情報を入手してください。

追記:6月26日、11月8日
2年9ヶ月間(有効期限2019年3月初め迄)の配偶者ビザが取れました。
2回にわたる申請費用、ブダペストに借りた部屋代、何度かの飛行機代など、
総計、日本円で100万円を超える出費です。
2年9ヶ月後は、また延長の申請をしなければならず
(それも高額だし、申請はイギリス国内でできるものの、通るかどうかは不明)、
そのあともまた延長申請(高額)をしなければならず、ほとほと嫌になりました。
 
私が結婚したころ(24年前)は、いちど「配偶者ビザ」が取れれば無期限だったのですが、
2012年から、現在のような細切れのビザに変更になったそうです。
おまけに旅行に出るたび、空港のイミグレで、「いつまで住む気なんだ」と問われます。
「ビザがある限り」と答えていますが、どうして係官の態度があれほど横柄なのか。
イギリスもどんどん治安が悪くなり、大金を払ってペコペコしてまで住む価値があるかどうか。
イギリスという国は好きですし、夫の故国ですし、この先、年金の問題もあるし、できれば終の棲家にしたかった。
今回のビザが切れる2019年3月までに他の国へ移民しようと計画を立てています。

◎ 写真は、ブダペストの国立オペラ劇場。
  写真の向かって左側の路地を入ったところにあるアパートに、今、住んでいます。(2016年5月19日の時点)
  家主はイタリア人で、なかなかの好人物です。





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by mariko789 | 2016-05-19 14:27 | olympus OM-D E-M5 | Trackback | Comments(28)

鮓(すし) :俳句





鮓うつくし子爵夫人の園遊会  中原久遠
(すしうつくし ししゃくふじんのえんゆうかい)

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季語: 鮓 (すし)【夏】 ・生活

※ 松山俳句ポスト365 八十四回め投句 兼題(第144回) 『鮓』 :人選

◎ 画像はブダペストの動物園(ボタニックガーデン)にて。





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by mariko789 | 2016-05-19 13:21 | olympus OM-D E-M5 | Trackback

紙風船 :俳句





はたかれて飛びそこねたる紙風船 

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季語: 紙風船(かみふうせん) 【春】 ・生活

◎ 画像は以前、撮ったものを絵画加工しました。(現俳協ネット句会4月/3点/汝火原マリ)





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by mariko789 | 2016-05-19 13:12 | olympus OM-D E-M5 | Trackback

散る桜 :俳句





人肌の匂ひにむせて散る桜  
(ひとはだのにおいにむせてちるさくら)

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季語: 桜 【春】 ・植物

◎ 画像は去年の春、ブダペストの「桜祭」にて撮影。(現俳協ネット句会4月/2点/汝火原マリ)





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by mariko789 | 2016-05-19 13:06 | Nikon coolpix P510 | Trackback

お迎え




義母が亡くなる寸前のこと。
病室には五人兄弟(兄四人と姉一人)が揃って母を見守っていた。
母の意識は混沌としていたのかもしれないが、子どもたちの言葉はすべて認識していた。
彼らの質問には、姉の手を握ることにより、応えていたという。
そんなとき、「あそこにHがいる。Hが来ている」と母が言った。
Hとは、二十五年前に他界した母の夫である。
子どもたちは驚くと同時に、喜びがこみ上げてきたという。
母は、父のもとへ旅立ってゆくのだ。

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じつは、私は似たような話を私自身の亡父から聞いていた。
生前、北海道で大事故に遭い、あわやというその病室で、父はお迎えの人と会ったという。
向こうに花々の咲く美しい景色がひろがり、優しそうな老人が微笑みながら手招きをしていた。
父は、その先が幸せに満ちている気がして、老人のもとへ歩んでいこうとした。
そのとき、此の世へ呼び戻す連れ合い(父の後妻)の声がして、思いとどまり、此の世に帰還した。


私は、人の霊魂は存在すると思う。
しかし、それは想念であり、エネルギーのようなもので、肉体を伴うとは思っていなかった。
生者が、思い出す限り、死者の魂は存在し、誰も思いださなくなったときに、消滅するものだと思っていた。
実際はどうなのか、死んでみないと判らないが、
少なくても、死の世界に一歩踏み込んだときには、死者の姿は肉体を伴って見えるのでは。
死はそれほど怖いものではないような気がしてならない。

生れてくるとき、暗い産道をぎゅうーっと苦しみながら通ってくるように、死ぬときも、苦しみはあるだろう。
けれど、大概の死はお迎えの人に導かれ、光り輝く道を通ってゆくのでは。
生まれでて母親の腕に抱かれるように、死んだときにも大きな暖かい腕が待っていてくれるのではないか。
というより・・・死は別の世界に誕生することなのではないか。

私が死ぬときには、誰が迎えにきてくれるのだろう。
私がいちばん逢いたかった人が来てくれるのだろうか。
私をいちばん愛してくれた人が来てくれるのだろうか。





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by mariko789 | 2016-05-14 14:28 | olympus OM-D E-M5 | Trackback | Comments(17)

雛菊(ひなぎく) :俳句




雛菊のほろりほろりと濡れて京
(ひなぎくのほろりほろりとぬれてきょう)

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季語: 雛菊(ひなぎく) 【春】 ・植物

◎ 写真は「雛菊」ではありません、お許しを。

◎ 月形半平太が、京都三条の宿をでるときの台詞、
  舞妓の雛菊「月さま、雨が」 半平太「春雨じゃ濡れてまいろう」
  本句は、このシーンを下敷きにしております。
  過分な講評を頂き、申し訳ないような・・・。

◎ 今日はこれからまた、ビザ手続の続きで、ブダペストへ飛びます。
  英国へ帰ってくるのは、23日。バタバタしているのでコメント欄、閉じています。

◎ 現代俳句協会ネット句会 4月/2点/講評 (汝火原マリ)





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by mariko789 | 2016-05-11 14:50 | Nikon D80 | Trackback

菜種梅雨(なたねづゆ) :俳句




なたねづゆ河童ぽろぽろ生まれくる  中原久遠
(なたねづゆ かっぱぽろぽろうまれくる)

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季語: 菜種梅雨 (なたねづゆ)【春】 ・天文


※ 松山俳句ポスト365 八十三回め投句 兼題(第143回) 『菜種梅雨』 :地選 &人選(1)

俳句集団 いつき組」夏井いつき組長 選評
すんません、全く個人的に、さらなるツボにはまってしまった句です。「なたねづゆ」という平仮名書きのあとに出現する「河童」までは、日本昔話のような世界を描こうとしているのかと思ったのですが、「河童ぽろぽろ生まれくる」という光景がなんともはや、日本昔話風ファンタジーホラー。雨にぐっしょりと濡れた菜の花畑の中から、産まれたばかりの青黒い「河童」が産まれてくる?!と思っただけで、鳥肌が立ちました。恐ろしいけど可愛い。カワイイけど愛せない。忘れたいけど忘れられない句となりました(笑)。



◎ 友人の矢野リンドさんの【天】の句、「菜種梅雨切り絵の蝶に囲まれて」はじめ、
  お仲間の皆さまの素晴らしい金曜日の句のなかに、ひょっこり混ぜていただいたラッキーな河童でした。
  組長のツボに、感謝☆
  
◎ 私的には、河童は梅雨時の季語になってもいいほど、雨とは切り離せないと思っていました。
  河童は太古から「水神」と崇められてきたそうですし、頭の皿の水が乾くと、元気がなくなるとか。
  梅雨の季語にもいろいろあるけれど、
  「わしらがいちばん好きなのは菜の花が咲く頃の雨なんじゃよ」と、
  河童のお爺さんのお告げがありました。白昼夢のなかで。
  お爺さんの孫は、今年も菜種梅雨のころに、生まれてきたそうです。それもあなた、5人もですって!

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by mariko789 | 2016-05-01 15:01 | Nikon D80 | Trackback | Comments(14)