always over the moon

佐々木貴子句集「ユリウス」を読んで




大好きな作家、佐々木貴子さんの句集「ユリウス」を、句友に送って頂いた。佐々木さんは数年来のツイッター仲間でもあり、彼女の句の隠れファンの私は、かねてから、彼女の句をネットで拾っては、ノートに書き写していたのだ。

f0053297_1322281.jpg 佐々木さんは、所属する結社「陸」の新人賞を得た、新進気鋭の作家である。句集「ユリウス」には、1997年から、2013年までの彼女の心の軌跡ともいえる句が収められている。
佐々木貴子さんには内面に積もり来るものがあって、それは噴出すのを待っているのだと思う。
まだ高校生だった彼女に、俳句を勧められたお母様、そして彼女に俳句の手ほどきをなさった先生方は、それを察知なさったのだ。その「内面に積もりくるもの」は、天性の資質で、努力して得られるものではない。これからも、彼女はその資質を着々と磨いてゆくのだろう。

 
俳句は、あるレベルまでは、研鑽すれば誰でも達する。
けれど独自の種を内部に秘め、その種を育み、美しい花を咲かせることができるのは、
天性の才能をもっている人でさえ稀と思う。私は彼女の句のなかに、煌く星を見ている。
そんな佐々木貴子さんの句集のなかから、十五句を選び、感想文を書いてみます。
私には客観的に評する力量がないので、主観で咀嚼するという方法で。











◇ 春雨を浴びて殻割れそうになる  佐々木貴子

優しい春雨は泪と似ている。自分の殻が割れそうになるひと時。


◇ 俳の字を抜け出し百足走り出す  

「俳」の字は、俳句、俳人、俳優などの俳。分解すると、人に非(あら)ず。常人の域を超えたところ。
そして非の字は、絵的に百足と似ている。
心の中に在る「俳」から、百足のような絡み合うものが抜け出すとき、ぽっかりと「人」が残される。

この句を読んだ瞬間、なぜか私は太宰治を思った。彼の小説「人間失格」を思った。
佐々木貴子さんも太宰治もともに青森の人である。
彼女の句には、青森の風土の匂いがする。
もしも彼女が、太宰を嫌いだったら、こんなことを書いて申し訳ないのだが。


◇ 一呼吸おいてワイパー雪を蹴る

思わず、笑ってしまった。経験ある、あの感覚がぴりっと甦って。
雪を積んで重くなったワイパーが、動き出すときの、あの一瞬のためらい。力。
ワイパーは動きがあるので、擬人化しやすくはあるけれど、この擬人化はあまりに見事。


◇ あじさいや父の雑音母の無音

我家は「夫の雑音吾の無音」である。十七音に端的に描かれた父母の在り方。
それを見ている作者の冷静さ。この家族が織り成す家庭が束の間、かいまみえる。
「あじさい」という変化の激しく、雨の似合う花を季語に。


◇ 冬帽子小さくなるという病

私もこの病をもっている。どんどん自分が小さくなり、点のようになってしまう。
巨人のように見える、社会や他者を見上げている。
冬帽子という、頭からすっぽりかぶるもの。この季語が、心模様をいっそうくっきりと描いて。




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◇ 水を呑む哀しみとして白鳥くる 

穢れのない白鳥も、生きるために旅をし餌を食べ水を呑む。
生きることは、基本的に哀しみに満ちていないか。それゆえに崇高なのではないか。 
厳しい寒さのなかに、首を折り曲げ水を呑む白鳥の気高さ。
読んで、読み返して、また読んで、涙ぐんでしまった。
この句は「生」の絶唱と思う。
どうしてまだ30代のうら若き貴子さんがこのような句を詠めるのか、ただ感嘆するばかりだ。


◇ 雪ふってふって人間うすまりぬ

私もほんの短期間ではあるけれど雪国に住んだことがあり、この感覚は痛いほどわかる。
覆いかぶさるような雪景色のなか、人間の血肉が薄くなってゆく感覚。
豪雪という美しくも怖ろしき、大自然のもの。そのなかにあって、人という儚く小さなもの。
 

◇ 春隣咲ききっている皮膚のいろ

もうそこまで来ている春を待ちかねて、若い女の皮膚はバラ色に染まり、
花びらのように、ふっくらと瑞々しい。


◇ 炎帝とぎんぎらぎんの祖母がゆく

今は亡き私の祖母が、ぱっと脳裏に閃いた。
祖母は利休鼠の単の着物を着て、砂漠のような荒地を歩いてゆく。
私にはその後姿しか見えないけれど、振り乱れた銀色の束髪が、どんどん遠ざかってゆく。
必死に追いかける私を置き去りに、祖母は次第に、巨大な太陽の光に呑みこまれていく。
どこもかしこも真夏のぎらつきのなかにあり、とてつもなく熱い。


◇ 磨硝子ぼんやりと蛾が咲いている

窓の外側に、蛾が止まっている。ぼんやり見えるのは、磨硝子のせいだけ?
もしかして泣いているのかもしれない。つらい悲しい涙ではなくて、もっと甘い感傷的な涙。
一人は嫌いじゃない。孤独はむしろ得意科目。
それにしてもなんて綺麗なの。そっけない茶色の蛾なのに・・・。
 

◇ 皸(あかぎれ)のいつかはきっと竜の指

指の皮膚を切り裂くアカギレ。
もしかしたら、このままずっと殖えつづけて、この指は竜の指になってしまうのかもしれない。
そして指先から手足へ、胴体へ、頭へと広がってゆき、やがて私は竜になれる。強く無敵の竜に。


◇ 夏の嘆きはブラウン管の砂嵐

始まったことには必ず終りがくる。夏の愉楽もまた。
一日の終り。テレビのスクリーンを、ざあざあと音たてて砂嵐が吹きすさんでいる。
「すべての番組は終了しました。」 「THE END」


◇ 焼鳥の串一本が宇宙の芯

人間は誰しも、その人にとっての宇宙の中心。
焼鳥屋で酔っ払って、食べかけの焼鳥の串を突き出す。
たったいま、私にとって、この串が宇宙の核心。 
一本のいまにも折れそうな串に喩えてみる自我。弱くて強いもの。 
他人から見れば、これっぽちのものかもしれない。でも私にとっては。


◇ 天泣や土偶の洞が火と叫ぶ
    (てんきゅうや どぐうのほらが ホとおらぶ)

冬の季語、天泣(てんきゅう)は、風花(かざばな)と同じ。雪雲一つ見えないのに散らついてくる細かい雪。
周囲の山から吹いてくる空っ風に乗って風花が運ばれてくる。


はらはらと天泣が舞いくる夕暮れ時は、人だってせつない。
ましてや、洞穴のような目や口をもつ土偶はさぞ淋しいだろう。その土の体は冷え切っているだろう。
「火」とおらぶ(叫ぶ)空洞の口。なにも見えない目・・・。
私も「火(ほ)」と叫びたい。
 

◇ へらへらと地軸が揺れていたるかな(無季)

今朝はいつもより低血圧がひどいみたい。起き上がってはみたものの、おっとっと・・・よろめいてしまった。
いくらなんでも、こんなに、まともに歩けないほどの低血圧なんて、ありうる?
違うのよ、これは地軸が揺れているの。地球が笑っているのよ。
そういえば、今日は春が始まる日。










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◎ また、佐々木貴子さんは青森の新聞に、若い人向けの俳句の記事を連載なさっています。
  送って下さる友がいて、拝読するチャンスに恵まれました。
  俳句の初心者はもちろんと思いますし、私もはっとするところがありました。
  現在、連載8回目です。少し前の9月の記事を抜粋して、ご紹介しておきます。

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 ◎ じょっぱり俳人たかちゃんの「俳句と遊ぶ」 より抜粋。

例えば学校の中休み。用意するものは、紙と鉛筆と、10分間。

「秋の空〇〇〇〇〇〇〇中休み」
「秋の空」を季語にしてこんな穴埋め俳句をつくってみます。

〇の七字は感じたこと、見たことを自由に書いてみましょう。
・秋の空みんなおしゃべり中休み
・秋の空おなか空いたよ中休み

穴埋めができたら「秋の空」をほかの季語に変えてみます。
「秋の雲」はどうでしょう。
「秋の雲おなか空いたよ中休み」ほかにもいろんな言葉を試してみます。

「とんぼ」も秋の季語だけど、字数が足りないな。
「とんぼさん」「赤とんぼ」のように足してあげたらどうかしら。
・とんぼさんおなか空いたよ中休み
・赤とんぼおなか空いたよ中休み

ノートの片隅に俳句の走り書き。どれが一番好きか、あとでじっくり見てみましょうね。
 

【コラム】 俳句はパスポート

俳句というパスポートの一つ。それをもって、いろんなところへ飛び込んでいける。
俳句の、大きな魅力の一つなのです。

 月へ行く玉蜀黍(とうもろこし)のロケットで  貴子
 
         (佐々木貴子、現代俳句協会員、青森市)


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◇ 佐々木貴子さんのブログ Julius record  ユリウス・レコード 
  ・句集「ユリウス」を入手する方法。
   彼女のブログのコメント欄に申し込めば、在庫があれば送付して頂けると思います。たぶん。

◇ 佐々木貴子さんのジャズの歌声。 【ムービー 0002】
  ・甘くハスキーな声で、私は彼女の歌のファンにもなりそう!
   ステージで歌っていらっしゃる伴奏付のYouTubeもあるのですが、私はこの伴奏なしのほうが好き。
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by mariko789 | 2015-11-24 15:36 | olympus OM-D E-M5 | Trackback
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