句集 「夕蛍 」 鈴木 真砂女 より。
2009年 02月 01日
娘の来る日落ち葉を焚いてものを煮て p7
旅に出て死を想ふこと寒からず p8
冬薔薇にもう泣かなゐ顔あげにけり
生牡蠣の咽喉もとすべる夜寒かな
貫きしことに傷つき炉を塞ぐ p9
ひと〆の海苔のかろさや日脚伸ぶ
如月や芦に微塵の青さなく
春ひと日卯の花煎りて人に饗す p10
芝焼くやその日その日をいのちとし
春塵や東京はわが死にどころ
働くに余すいくとせ燕来る p11
わが路地の帯のごとしや暮の春
夕蛙小さき者に旅の櫛
山笑ふ歳月人を隔てけり p12
螢籠さびしきままに眠るべし
今年竹皮剥ぐころの汗少し
榮螺の角天地をさして夏に入る p13
單衣着て常の路地抜け店通ひ
單衣着て老いじと歩む背は曲げじ
ほととぎす足袋ぬぎ捨てし青畳 p14
火蛾打つて疑ふべきか人の愛
風船や余命とあらば愉しまむ
白玉や愛す人にも嘘ついて p15
瓜揉んで待てど海路に日和なし
秋ややがておのれも一基の墓
朝顔や週を二回の洗濯日 p16
女将けふ店へ出ぬ日の浴衣着て
雁の声眼鏡はづしてもの読めば
雁仰ぐ身のたよられてばかりかな p17
東京をふるさととして菊膾
沖つ浪見つつ髪梳くそぞろ寒
残菊や指冷えそめし厨ごと p18
紙を梳く水音こそは秋の音
雁やひと日梳きたる紙の量
母の日のつるべ落しや紙梳村 p19
燭一つわれとありけり根深汁
一葉忌雨に早目の店を閉ぢ
しぐるるや切られて白き蛸の肌 p20
山眠る机の疵の一つならず
綿虫や経師屋が来て大工来て
冬菜洗ふことに一途や絶えて泣かず p21
餅切るや中年以後の運変じ
昭和四十五年
鮟鱇鍋路地に年月重ねけり p25
鮟鱇の煮ゆる間待てり女将たり
包丁の刃こぼれ憂しや寒の内
大寒や蛤吐きし砂少し p26
吹雪く夜や甦るもの過去ばかり
かぎりある命よわれよ降る雪よ
啼かず飛ばず雪野鴉の二羽三羽 p27
雪の夜の耳より冷え来寝ぬべしや